死体に群がる見物人 ①

従容と死についた男女に注がれた優しい眼差し。いいえ、そうでなくても江戸時代の人々は総じて死体が大変好きだったようです。死体マニアというのではありません。死体の状態や死に至った経緯に対して、私たち想像以上に興味津々だったという意味です。尾張藩士朝日重章の日記「鸚鴾籠中記」をのぞいてみましょう。元録五年十一月七日、彼はこう書いています。

○亭午、山口六右衛門と同道して、七曲新町へ女の死骸を見物に行いしに、昨日広小路へやりしと云間、広小路へ行見るに、首の切やう先突殺して、さすがにて首をかきたる躰に見へたり。小き女なり(以下略)

藩士としての役目からでしょうか、それとも死骸の切り口を観察して武芸精進の一助とするためでしょうか。いずれにせよ彼は、死骸があると聞いて、わざわざ「見物」に出かけたのでした。

shitai

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