薩摩隼人 その②

すなわち昔の先生は、厳しかったけれど、日常生活に必要な事は、お尻の拭き方までちゃんと教えてくれたというのでしょう。池波氏が東京は浅草で呱々の声をあげたのは大正十二年。尋常小学校の二年といえば満七歳ですから、昭和のはじめの事だと思われます。七歳の児童にお便所でお尻の拭き方を教えてくれた先生。これこそ手取り足取りのふれあい教育というべきでしょうか。

しかし待ってください。この先生、本当に立派な教育者だったのでしょうか?池波氏が実のところどのように感じていたのかは、故人ととなった今では確かめようがありませんが、すくなくとも池波氏より三、四十年前に生まれた人たちならば、「薩摩隼人の先生だtって?ああ、それは男色愛好者だよ」と(事実か否かお構いなく)即座に決め付けるに違いありません。

 

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