カテゴリー別アーカイブ: 薬としての男と女

徳富蘆花の日記から その②

蘆花四十九歳、愛子四十三。中年夫婦の愛液滴るごとき記録。もちろんセックスの記録は「夜交合。快甚」と淡白なこともありますし、翌六年三月九日のようにただ「交合」とかかれている例も見られます。しかし総じて体位はもとより勃起や快感の度合いまで微に入り細かに記されている場合が多い。なにしろ途中で止めた時でも「早暁交合。中ごろ精力衰へ、勃起しないので中止」と記されましたし、交合はしたものの射精にいたらなかった場合も「陰阜を愛撫し最後に余の腹上に妻をのせ、下から突く。時間がおそいから射精せずして止む」とその経過が書きとめられているのです。

なにか執念すらかんじられる書きぶり。蘆花の”執念”の背景には、愛子夫人との間に子供をもうけたいという子作りの願望とその愛子夫人が結婚前に兄の徳富蘇峰と関係したのではないかという妄想に近い猜疑心、さらに、それらにもまして彼を悩ませていた。若い女の肉に対する抑えがたい欲望がありました。

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徳富蘆花の日記から その①

小説「不如帰(ほととぎす)」や「自然と人生」「みみずのたはこと」等の随筆でしられる徳富蘆花は、日記の書き手としてしんじられない程筆まめな人でしたら。彼の日記には、読書の感想や食事の内容はもとより、時折の感情の起伏があからさまにつづられています。とりわけ目をひくのは”性”の記録。なんと明治・大正期のベストセラー作家の蘆花は、夫人との”愛の語らい”を毎回欠かさず日記に記録しているのです。では1916年の日記を見てみましょう。

Madam(妻)の陰毛を撫で、居ると、到頭慾を発し、後から犯す。精液がどろどろ、快甚(かいはなはだし)   [9月3日]

 

十時過ぎ寝てから交合をはじめる。下腹の衝撞からはじまり、馬乗りになり。”下から持ち上げりや何の事はない”になり、”座つてしませう”の提議の下にBedに座はり、最後に両足をもたげ、膝折賢開きの姿勢で十分に射精する。 [10月14日]

 

不図さめて、抱擁、接吻、”ボボがしたいナ。一番おさせなさい”を云ふて、下腹接触から馬乗りになる。大分快活だ。細君、”元気———–大きい”と喜ぶ。(10月20日)

【徳富蘆花とその妻】

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